大判例

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東京高等裁判所 昭和55年(ウ)519号 判決

申請人

小嶋武

右訴訟代理人

寺島勝洋

関本立美

被申請人

山梨貸切自動車株式会社

右代表者

小佐野栄

右訴訟代理人

関野昭治

古明地正康

主文

当裁判所が昭和五五年(ワ)第三五七号仮処分申請事件について、昭和五五年五月一六日にした仮処分決定は、これを認可する。

申請費用は被申請人の負担とする。

事実

(申立)

申請代理人は、主文同旨の判決を求め、

被申請代理人は、「主文掲記の仮処分決定を取消す。申請人の仮処分申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との判決を求めた。

(主張)

申請人は、仮処分申請の理由として次のとおり述べた。

一  当事者

被申請人は、山梨県下に営業所一〇か所、営業車両一一〇台、従業員二七〇名を擁し、自動車旅客貸切並びに貨物運送を業としている。申請人は、昭和三九年一二月、タクシー乗務員として期限の定めなく被申請人に雇傭され、また昭和四〇年三月被申請人の従業員で構成される労働組合である山梨貸切自動車労働組合(以下「組合」という)に加入した。

申請人は、毎月二九日賃金月額一五万六〇三三円を受領していた。

二  解雇の意思表示

1  組合は、昭和五一年七月一五日開催の臨時大会において、申請人を組合から除名する旨の決議をした(以下「第一次除名処分」という)。

組合とユニオン・ショップ協定を締結している被申請人は、右除名決議に基づき、同月二〇日申請人を解雇する旨の意思表示(以下「第一次解雇」という)をした。

2  更に、組合は同年八月二六日開催の臨時大会において、再び申請人に除名処分(以下「第二次除名処分」という)をなし、被申請人は同年九月一四日再解雇の意思表示(以下「本件解雇」という)をした。

三  除名処分の不当性

1  除名事由の不存在

(一) 第一次除名処分の理由は、申請人が組合の執行委員長の職にあつた時、公傷による被申請人を欠勤中、組合と被申請人から二重に歩合保障を毎月一万円計一七万円の支給を受けていたことが、組合役員として組合に対する重大な背信行為であり、組合規約五四条に該当するというものである。

しかし、被申請人から一万円の支給を受けたことは確かであるが、被申請人と申請人との間において、将来清算することを予定して合意したものであり、二重取りの批難は当らず、除名理由とはなりえないものである。

(二) 第二次除名処分の理由は、次に述べる申請人の行為が組合規約五四条に該当するというものである。

(1) 組合の上部団体である全自交労連山梨地方連合五から交通費名下に不正に金員を受給した。

(2) 同僚組合員に対し、暴行・脅迫・文書提出強要等の行為を行つた。

(3) 組合四役を誹謗する発言を行つた。

(4) その他

しかしこれら組合の主張する事実はいずれも事実無根のものであり、到底除名理由たるに耐えられるものではない。

2  除名手続の瑕疵

(一) 第一次除名手続について

(1) 昭和五一年六月二四日開催の中央執行委員会及び同月二九日開催の臨時組合大会の各成立上の瑕疵

組合は、昭和五一年六月二九日臨時組合大会を開催し、査問委員会設置を議決するとともに中央執行委員五名を解任したが、組合規約一五条は組合大会を開催できる場合として臨時組合大会は中央執行委員会が必要と認めたときに中央執行委員長が招集する旨を規定しているところ、右臨時組合大会の開催を決めたとされている同月二四日開催の第三同中央執行委員会は執行委員九名のうち、三分の二の定足数に満たない五名の出席のみで開催されたことからして、右中央執行委員会は組合規約に反し成立しえないものである。

組合は欠席した執行委員中三名については議決権の委任を受けていた旨主張するけれども、さような事実はないし、また、過去における中央執行委員会において議決権を委任するというような慣行はなかつた。

右の次第で、臨時組合大会の開催を決定する中央執行委員会が定足数を欠き有効に成立していない以上、右執行委員会の決議に基づく臨時組合大会も同じく組合規約に違反して開催されたものとして、それぞれその成立について重大な瑕疵があり、ひいては右臨時組合大会における議決も瑕疵があり無効というべきである。

(2) 執行委員五名の解任の無効

中央執行委員五名(小沢、角田、小田切、中山及び鈴木)は昭和五一年六月二九日開催の臨時組合大会において組合規約一九条八号の「役員罷免」として解任されたのであるが、その実質は同人らが分派活動をしたことを理由とする懲罰的なものであつて、組合規約五三条三号所定の「役職解任」と解するのが実体に即しているといえるから、右解任にあたつては同規約五四条によつて査問委員会による査問手続を経由しなければならないところ、右解任に際しさような手続が履践された事実はない。

それ故、右執行委員五名の解任には組合規約による手続上重大な瑕疵があつて無効でありそれが有効であることを前提としてなされたその後の諸手続は後記のとおりいずれも無効である。

(3) 査問委員会の成立及び答申の瑕疵

昭和五一年六月二九日開催の臨時組合大会において設置された査問委員会について成立上の瑕疵があることは(1)で指摘したとおりであるが、次の点からも重大な瑕疵がある。すなわち、査問委員会規定四条によると、査問委員会は中央執行委員全員を構成員とし、かつ、全員の出席をもつて開催の要件としている。ところが、申請人の除名を答申した同年七月一〇日開催の第二回査問委員会は本来その任にあるといえる解任された中央執行委員五名の出席なしに開かれたものであるから、右査問委員会の開催はもとより、右査問委員会による査問と答申はいずれも無効である。

(4) 査問手続上の瑕疵

査問委員会規定六条は「査問委員会は会議の席上本人の弁明を聴取しなければならない」と規定しているが、申請人の第一次除名を答申した昭和五一年七月一〇日開催の第二回査問委員会では席上、唯単に事実関係の調査がなされたのみで、原告の弁明を聴取しないまま閉会した。

(5) 昭和五一年七月一五日開催の臨時組合大会の成立上の瑕疵

申請人の除名を議決した昭和五一年七月一五日開催の臨時組合大会の日程は同月一〇日開催の中央執行委員会で決められたものであるが、先に述べたとおり、中央執行委員五名の解任が無効である以上、右執行委員五名は昭和五二年の改選期までその任にあつたものというべきである。従って、これら五名の中央執行委員の欠席のもとに開かれた中央執行委員会はもとより、同委員会の決議に基づいて招集された臨時組合大会も、ともにその成立について手続上の瑕疵があつて、その議決(申請人の除名)は無効である。

(二) 第二次除名手続について

(1) 中央執行委員会、昭和五一年八月二〇日開催の第四回査問委員会及び同月二六日開催の臨時組合大会の各成立上の瑕疵

既述のとおり中央執行委員五名の解任が無効である以上、右中央執行委員の出席なしになされた第二次除名処分のための中央執行委員会、査問委員会、臨時組合大会にはそれぞれの成立について手続上重大な瑕疵があることは第一次除名手続の瑕疵の各項で述べたとおりである。

(2) 査問手続上の瑕疵

第二次除名処分では除名理由として歩合保障の二重取り問題に付加して地連財政問題、暴力行為とその他の諸問題が取り上げられたが、原告は右除名理由について弁明を聴取されておらず、またその機会も与えられていない。第二次除名処分では第一次除名処分の理由に更に一八件にのぼる処分事由が新らたに付加されているのであるから、査問委員会の席上では当然原告の弁明を聴取すべきであるのに、これをしていない第二次除名処分は無効である。

四  本件仮処分申請に至る経過

1  第一次解雇に対し、申請人は昭和五一年七月三一日、被申請人と組合を相手に地位保全・賃金仮払いの仮処分申請をした(甲府地方裁判所昭和五一年(ヨ)第一四八号)。同裁判所は、同年八月二八日申請人の申請を相当と認め、申請人が被申請人の「従業員たる地位」ならびに組合の「組合員たる地位」をそれぞれ有することを仮に定める旨の決定をしたが、賃金仮払いの申請については決定主文において何ら触れなかつた。

2  右仮処分決定に従い、被申請人は昭和五一年九月一日付で第一次解雇の意思表示を取消し、申請人の就労を同月三日から認め、第一次解雇以降の未払賃金を任意に履行した。

ところが、組合は第二次除名処分に基づき、申請人の再解雇をストライキを構えてまで被申請人会社に強く要求した。そのため、被申請人は、同月一三日申請人をユニオン・ショップ協定に基づき解雇(本件解雇)し、以降の賃金支払いを拒否するに至つた。

3  申請人は、被申請人に従業員たる身分を否認され、賃金の支払を拒否されたので、再度甲府地方裁判所に昭和五一年九月二〇日地位保全・賃金仮払いの仮処分申請(同庁昭和五一年(ヨ)第一六六号)をした。右仮処分申請事件は、口頭弁論に回され、審理に入つた(その後申請人は、賃金仮払い事件に変更した)が、その間組合は、前記仮処分決定について申請人に対し起訴命令および仮処分異議(甲府地裁昭和五二年(モ)第一四〇号)を提起し、申請人は、昭和五二年三月三一日地位確認等請求の本訴を提起した(甲府地裁昭和五二年(ワ)第一一九号、現在当庁係属中)。なお、被申請人も、前記仮処分決定に対し事情変更による仮処分決定取消の申立(甲府地裁昭和五二年(モ)第一四一号)をした。

4  甲府地方裁判所は、前記各事件のうち、本案と仮処分事件を併行して審理することを決め、訴訟関係人は両事件で重複しないよう証人調べを行い、相互に書証として調書を提出することに合意した。

5  本案訴訟終結(昭和五四年一月)の際、同裁判所の勧告により訴訟関係人は本案訴訟以外の前記地位保全事件、仮処分異議事件、事情変更による仮処分決定取消事件をそれぞれ取下げた。申請人も、前記の被申請人の態度に照し、本案訴訟が勝訴すれば、二重に仮処分判決を得る必要もないとの判断のもと、裁判所の勧告に従い前記仮処分申請を取下げた。

6  昭和五五年二月二七日甲府地方裁判所は、本案訴訟につき申請人の主張を全面的に容れ、申請人(原告)勝訴の判決をした。その主文は、申請人が被申請人の従業員であること、組合の組合員たることを確認し、未払賃金五五七万八六四八円及び昭和五四年一月以降毎月二九日限り金一七万三二三三円を支払えというものであり、賃金支払については仮執行宣言が付されている。

7  申請人は、判決後直ちに代理人を通じ未払賃金を任意履行する意思の有無を問合せた。判決日午後四時三〇分頃、被申請人代理人弁護士より、申請人代理人弁護士宛「任意に支払う。但し本日は準備が出来ないので一週間待つて欲しい」との回答があつた。申請人は、右回答により、強制執行の準備を中止し任意履行を待つことにした。ところが、翌二八日午後、被申請人代理人から、被申請人の方針が変り、任意の履行はしない、控訴し強制執行停止の申立をする予定である旨の連絡があつた。申請人は急拠、強制執行の申立をなすとともに、翌二九日強制執行を行つたが、被申請人の工作により成果はなかつた。その日の午後、当庁により強制執行停止決定がなされ、翌三月一日午前七時から予定していた強制執行は不可能となつた。

五  仮処分の必要性

申請人は、前述のように昭和五一年八月二八日なされた仮処分決定も賃金仮払いが欠落し、また第二次の賃金仮払い申請も裁判所の勧告に従い取下げ、更に本案判決の仮執行宣言による強制執行も停止決定がなされ、被申請人より昭和五一年九月一四日再解雇されて以降被申請人より賃金の支払を受けていない。昭和五一年九月分賃金から同五五年二月分賃金までの総額は金一五万六〇三三円の四二ケ月で金六五五万三三八六円となる。但し、計金三六方五三四七円(内訳の被申請人が解雇の際予告手当として供託した金一九万七〇六八円(申請人は賃金の一部として受領)、②昭和五一年九月三日より一三日まで就労した分として受領した賃金三万四八七九円、③一審判決後強制執行で受領した金一三万三四〇〇円)を控除すれば金六一八万八〇三九円となる。その間、申請人は義弟の水道工事請負の手伝による月平均七万円程度の収入と妻の内職による若干の収入しかなく、二人の成長盛りの子供を抱えての生活は苦しく、妻の実家からの援助や友人からの借金(約八〇万円)により家計を極端に切りつめ、ぎりぎり最低限度の生活をしてきているが、妻の両親も高齢(父母とも七四才)となり、今までのような援助も現在は困難な状態であり、更に借金も困難であり、一審の判決までと歯を食いしばつてきた忍耐も限度を越える域に達している。組合は一審判決を「反動判決」と決めつけており、控訴審における審理も相当長期に亘る可能性が強い。このままでは、申請人を含めた家族の生活、健康、教育は破綻しかねない状態となり、控訴審における判決を待つていては回復し難い損害を蒙ることは明らかである。

被申請人は、次のとおり述べた。

一  申請人主張一の事実中、賃金額については争うが、その余は認める。

同二の事実は認める。

同三の事実は争う。

同四の事実は認める。

同五の事実は争う。申請人は、現在山梨県下の某水道工事店に就職して相当の収入を得ている。

二  被申請人が本件仮処分の被保全権利に関し主張するところは、本案たる当庁昭和五五年(ネ)第四六九号事件におけると同様であるが、特に明確にする点の要旨は次のとおりである。

1  申請人の除名処分の理由たる歩合保障の二重取りは、金銭にかかる悪質な詐欺行為であつて懲戒解雇に値するが、被申請人はこれを理由として就業規則に基き申請人に対し本件解雇の意思表示をした。右解雇は、いわゆる普通解雇であつて、解雇の合理性を裏付ける事情が存するから、仮に組合の除名処分が無効であつても、本件解雇は無効とならない。

2  被申請人のした本件解雇及びこれに基く就労拒否は、組合に対するユニオン・ショップ協定に基く義務の履行としてしたものであり、かつ、組合からのストライキ通告を伴う解雇要求によるものであるから、被申請人は、解雇をするか否かにつき裁量・判断の余地なく、右解雇が無効でも、解雇に基く就労拒否は被申請人の責に帰すべき事由によるものでないから、申請人は民法五三六条により被申請人に対し賃金請求権を有しない。

(疎明) 省略

理由

本件仮処分申請事件の本案である申請人・被申請人外一名間の甲府地方裁判所昭和五二年(ワ)第一一九号地位確認等請求事件について、同裁判所が昭和五五年二月二七日申請人勝訴の仮執行宣言付判決(主文「一 申請人が被申請人の従業員たる地位にあることを確認する。三 被申請人は申請人に対し金五五七万八六四八円及び昭和五四年一月以降毎月二九日限り金一七万三二三三円を支払え。」その余の項は省略)を言渡したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証によれば、右判決は組合の申請人に対する各除名処分を手続上の瑕疵を理由に無効とし、被申請人の申請人に対する本件解雇は、組合との間のユニオン・ショップ協定に基く義務の履行としてなされ、他に解雇の合理性を裏付ける特段の事情がないとして右解雇を無効とし、被申請人の申請人に対する本件解雇に基く就労拒否は被申請人の信義則上故意もしくは過失と同視できる事由に基くものとして申請人は就労不能期間中も賃金請求権を失わないとし、被申請人が申請人に支払うべき賃金は、前記主文第三項のとおりである旨判断したことが明らかである。そして、当裁判所は、被申請人の控訴に基いて審理した結果、理由の細部については一審判決と多少異なる点もあるが、申請人の被申請人に対する請求はすべて認容し、被申請人の控訴を棄却すべき旨の結論に達した(昭和五五年一一月二五日口頭弁論終結、昭和五六年一月二九日判決言渡)。なお、被保全権利については、本件において被申請人からする本案事件にない主張疎明はない。また、成立に争いのない疎甲第九号証、弁論の全趣旨によつても、本件解雇以後の未払賃金額が申請人の主張する金六一八万八〇三九円及び昭和五五年三月以降月額一五万六〇三三円を下らないことが認められる。

〈証拠〉によれば、申請人は、昭和五二年三月頃から水道工事業を営む義弟中村善雄の手伝として月七万円位の収入を得、妻の内職収入、妻の実家からの援助、親戚友人からの借金(借金額は昭和五五年三月現在七〇万円を超える)により生計を維持していることが認められる。

以上によれば、主文掲記の仮処分命令は、被保全権利及び保全の必要性につき疎明があり、申請人に保証を立てさせないでこれを認可するのが相当であるから、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(倉田卓次 井田友吉 高山晨)

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